前回、長時間の浴槽浴によって起こる「入浴熱中症」についてお話ししました。「41℃以上の湯に30分以上つかっていると体の深部体温が40℃以上になり、意識を失って溺れることがあるので要注意」という内容でした。そこで気になるのがサウナ浴。ドライサウナでは室温が100℃近くになりますから、一般的に適切といわれる10~15分のサウナ室滞在で同じような危険はないのか? という疑問です。

日本サウナ学会代表理事の加藤容崇医師の著書『医者が教えるサウナの教科書』には、「ドライサウナの方が、ものすごく体が熱くなるイメージがあるかもしれませんが、実は、深部体温は基本的には38度を超えません。平熱が36.8度の場合、ドライサウナは1セット(サウナ91度・15分)を3回繰り返さないと38度に到達しません」と書かれています。入浴による深部体温の上昇は0.5~1℃が適しているとされていますから、通常37℃に保たれている深部体温は38℃くらいになればいいわけです。では、ドライサウナ浴による深部体温が38℃を超えないという根拠はどこにあるのでしょうか。

同書では、2014年に発表された『Biology of Sports』の論文「乾式サウナと湿式サウナにおける熱ストレス下での健康な男性の生理的反応と生理的負荷の比較」を引用しています。『Biology of Sports』はポーランドのワルシャワにあるスポーツ研究所(国立研究機関) の公式ジャーナルで、1984年から発行されている専門誌です。この研究の目的は、乾式および湿式サウナ浴によって人体にどんな生理反応が起きるかということ。さらに、サウナ浴の経験がない被験者の体にどんな負荷がかかるか、主観的にどんな快適さを感じるかなどの評価も行いました。

この実験は、25〜28歳の健康な男性10名が、まず乾式サウナ浴を行い、その後1ヵ月の間隔を空けて湿式サウナ浴を行うという方法で、各サウナ浴では被験者が15分間のサウナ入浴を3回行い、その間に5分間の休憩をはさむというもの。休憩中は冷水シャワーで体を冷やし、座って休息しました。そして、サウナ浴の前後に体重と血圧を測定し、入浴中は直腸温(簡単に測れる体温の中で最も深部体温に近いとされる)と心拍数を調べました。

その結果、乾式サウナでは3セット後(計45分のサウナ浴)に直腸温が38℃に到達(1セット後は37.2℃、2セット後は37.7℃)、湿式サウナでは2セット後(計30分のサウナ浴)に直腸温が38℃に到達したことが分かりました。この実験は3セットまでしか行われていません。37.2℃→37.7℃→38℃の推移から見れば、さらに入浴を繰り返すと38℃台後半に上がり、やがて危険な領域に入ることが予想されます。個人差はあるものの、乾式サウナ入浴は休憩をはさみながら45分までを目安にするのが医学的に適切なのではないでしょうか。

サウナ浴が人体の深部体温に与える影響については、日本でもいくつかの実験的研究が行われています。例えば2004年の九州大学の研究(「頸部下ドーム型サウナ使用時の生理、心理反応」)では、ドーム型サウナ(遠赤外線などを熱源にして温まる方式の、体を横にして頭部を出して入る個人用のサウナ)を、70~90℃の最高温度で30分使用した場合、直腸温の最高は37.7℃で、安静時よりも0.8℃高くなったことが報告されています。こうした実験結果から、この論文では、「これは湯温40℃に10~20分間入浴する場合と同等の体温上昇と考えられる」としています。
「頸部下ドーム型サウナ使用時の生理、心理反応」

また、2023年の八戸工業高等専門学校の研究(盛岡市内の銭湯を使って行われ、被験者は4名)では、サウナ入浴中の人体深部温度や皮膚温度の変化を実験的に計測し、生体温熱モデルを用いて深部温度の時間変化予測を行っています(「サウナ温冷交代浴中の人体深部・皮膚温度が予測可能な生体温熱モデルの開発」)。この実験では、サウナ浴(79℃、湿度30%)8分、水風呂2分、外気浴5分を1セットとして3セット後に体温を測定しました。この結果、1名の深部体温の最高が39℃、他の3名は最高が約38℃だったと報告されています。
「サウナ温冷交代浴中の人体深部・皮膚温度が予測可能な生体温熱モデルの開発」

いずれの研究もサウナ浴と熱中症の危険性を前提に行われたものではありませんが、結果として24~45分の乾式サウナ浴なら深部体温は38℃止まりでした。対して浴槽浴は、湯温40℃で20分つかった場合に深部体温が38℃に達するという研究(九州大学医療技術短期大学部「入浴の人体に及ぼす生理的影響」2002年)がありますから、乾式サウナ浴より早く上昇することが分かります。『Biology of Sports』の論文で、温度の低い湿式サウナのほうが早く深部体温38℃になったことを考え合わせてみると、どうやら問題は湯温や室温よりも湿度にありそうです。
「入浴の人体に及ぼす生理的影響」

サウナ室の湿度は上げないほうがいい?

 

熱中症の原因はもちろん気温の高さにありますが、近年、湿度の高さについてもよく言及されるようになりました。なぜなら湿度が高いと汗が蒸発しにくいため、放熱されずに高温になった体温が下がりにくくなるからです。暑さ指数(WBGT=熱中症予防を目的として1954年にアメリカで提案された指標。単位は気温と同じ℃で示されるが、その値は気温とは異なる。人体の熱収支に与える影響の大きい ①湿度、 ②周辺の熱環境、 ③気温の3つを取り入れた指標)が28℃を超えると熱中症の発生率が急増するといわれます。つまり気温は同じでも湿度が高いほうが熱中症にかかる率が高くなるのです。ならば、サウナでじっくり深部体温を上げたいときは、蒸気を発生させて湿度を上げるロウリュは避けたほうがいいのかもしれません。サウナの醍醐味が少なくなるかもしれませんが。

暑さ指数(WBGT)について(環境省:熱中症予防情報サイト)


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