冬になると話題になるのが入浴中の死亡事故。政府広報オンラインでは、「特に65歳以上の高齢者の死亡事故が多く、毎年11月から4月にかけて多く発生しています。厚生労働省人口動態統計(令和3年)によると、高齢者の浴槽内での不慮の溺死及び溺水の死亡者数は4,750人で、交通事故死亡者数2,150人のおよそ2倍です」と注意喚起しています。また、あるクリニックのホームページには「日本では年間19,000人が高齢者入浴中突然死症候群で亡くなっており、ここ数年の交通事故死数2,600~2,700人の約7倍に相当します」と紹介されています(2024年1月7日掲示)。厚労省発表の数字と相違がありますが、「浴槽内での不慮の溺死及び溺水の死亡者」と「入浴中突然死症候群」の定義の違いかもしれません。いずれにしても、冬場の入浴に関する危険情報と言えるでしょう。

入浴中の事故の原因としてよく言われるのが「ヒートショック」。居間→脱衣場→浴室→浴槽の移動に伴う環境温度の急激な変化で血圧が上下に大きく変動するため、失神したり心筋梗塞や脳卒中などの血管病を引き起こしたりするのがヒートショックです。済生会病院のホームページには、「冬場に暖房の効いたリビングから脱衣所に移動し、浴槽に入るときなどに起こります」とあり、つまり裸になってから浴槽につかる直前までが危険な時間帯ということになります。

ヒートショックになりやすい人は、一般に次の要因が挙げられています。①65歳以上 ②糖尿病などの生活習慣病がある ③睡眠時無呼吸症候群や不整脈がある ④熱いお風呂が好き ⑤30分以上お風呂につかる ⑥食後や飲酒後、薬の服用後すぐに入浴する、など。有効な予防対策は、以上のリスクを考慮のうえ、入浴前後に適切な水分補給を行い、脱衣場や浴室をよく温めておくことにつきます。

こうしてみると、銭湯は脱衣場も浴室も常時ポカポカ温まっているため、ヒートショックが起こりにくい場所と考えられています。万が一の場合でも、銭湯なら他の入浴者やスタッフなどたくさんの人の目があるため、一人暮らしの入浴より安心というメリットがあります。「65歳を超えたら冬は銭湯!」を心掛けたいものです。

冬場でも銭湯なら安心して入浴できる

 

ヒートショックが外気温の急激な変化によるものであるのに対して、体内の温度変化もまた入浴事故につながる原因になっています。平たく言うと「のぼせ」、医学的に言うと、夏の季節病である「熱中症」です。2024年5月〜9月の熱中症の搬送者数は97,578名で、過去最高を記録しましたが、浴槽の中では、冬でも熱中症になるのです。

千葉科学大学の黒木尚長教授と株式会社LIXILが65歳以上の3,000人を対象に行った調査では、入浴中に具合が悪くなった323人のうちヒートショックが疑われたのは23人(7.1%)だったのに対し、熱中症(疑いを含む)は272人(84.2%)に上ったと報告されています。熱中症は、高温多湿な環境下で体内の水分や塩分(ナトリウムなど)のバランスが崩れたり、循環調節や体温調節などの体内の調整機能が破綻したりすると発症する障害の総称。めまい・失神、筋肉痛・筋肉の硬直、大量の発汗、頭痛・気分の不快・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感、意識障害・痙攣・手足の運動障害、高体温などの症状が現れます。重症になると医療機関への搬送が必要となり、場合によっては命に関わります。そのような熱中症が、なぜ入浴中に発症するのでしょうか?

入浴すれば体温が上昇します。通常はこの体温上昇こそがぽかぽかと心地よく、発汗や血行促進など体に良い影響を与えてくれるのですが、深部体温が39℃以上になってしまうと重症の熱中症になり、意識を失うことがあります。黒木教授の論文には、体温37℃の人が41℃の湯に33分つかると体温は40℃に上がり、湯温が42℃なら26分、43℃では21分、44℃では18分、45℃では16分で40℃に達すると記されています。

熱中症は症状によりⅠ(軽症)〜Ⅲ(重症)まで分類されているのですが、症状に気づくのが遅れ、気づいたときには頭痛や嘔吐、判断力の低下などの重度な症状で救急搬送されやすいといわれています。特に高齢者は、老化のためのぼせに気づきにくいうえに湯温が熱いと感じず、そのまま長湯してしまい、突然の意識障害に陥るケースが多いそうです。黒木教授の論文では次のような入浴を勧めています。

41℃以上の湯に全身浴で 30 分以上続けて浸かると、容易に40℃以上の体温となり、意識を失い風呂で溺れてしまう可能性がある。高齢でない限り30分以上熱い湯に浸かり続けること自体が難しく、のぼせて風呂から上がってしまう。そのまま入浴を続けると、体温が42℃以上になって心室細動をおこし急死する。それゆえ、高齢者の最初の長風呂が突然死につながりやすい。(中略)それさえしなければ、通常の入浴では、病的発作を含め救急出動事例はほぼゼロと考えられ、入浴自体は非常に安全であることがわかった。 つまり、予防策としては、ただひとつ、体温が40℃以上にならないようにすることだけである。そのためには、浴室内に時計を必ず設置し、湯温 41℃であれば、30 分以上の全身浴は行わないようにすることが必要である。

「のぼせ」の果てに起こる「入浴熱中症」とも呼べるもう一つの危険。こちらは冬に限ったことではありません。

熱い湯に長時間つからないように気をつけよう

 

ところで、体の表面の温度を「皮膚温」、脳や内臓などの体の内部の温度を「深部体温」といいます。医学的な研究で体温という場合、一般的に深部体温を指します。「皮膚温」は、手足など体の中心から離れるほど、室温などの影響を受けて低くなります。そのため、比較的深部に近い体の表面部位として、わきの下の体温を測るのです。健康な状態では深部体温は皮膚温よりも0.5℃から1℃ほど高く、37℃前後に保たれています。

では一体、100℃近いサウナ浴ではどうなるのか? もっと熱中症になりやすいのではないか? という疑問がわいてきます。これについては、改めて解説します。


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