「1010」誌では、かつてさまざまな入浴実験を行っていました。この連載では、過去の掲載記事をダイジェストでお届けしています。


なぜ、もう一度実験をすることになったのか?

 前回の冒頭、平成6年に札幌の銭湯で行った入浴実験「大きいお風呂に入るとなぜ気持ちいいのか」において画期的な結果が報告された半年後に、北海道大学附属登別分院という医療機関で再び同じ実験が行われることになった、と紹介しました。なぜ再実験が行われたのでしょうか。

 銭湯の大きなお風呂は気持ちがいいという、誰もが抱く感想を医学的に検証するために、当時、北海道大学医学部の教授だった阿岸祐幸先生を中心に「1010入浴実験班」が結成され、大きなお風呂と小さなお風呂の心身への影響の違いをさまざまな角度から調査、検討してきました。その結果、「気持ちがいい」という状態を如実に裏付けたのが脳波でした。

 脳波にはα(アルファ)波、β(ベータ)波、θ(シータ)波、δ(デルタ)波の4種類がありますが、このうちリラックスしているときに多く出るのがα波。

 このα波を指標として、大きな浴槽に入ったときと小さな浴槽に入ったときのα波の出現度を比較したのです。札幌の銭湯でも脳波の測定を行いましたが、そのときの結果は6月の「銭湯で元気!」に掲載したとおり、大きな浴槽に入ったときのほうが圧倒的にα波の出現は多かったのです。しかもその差はあまりにも歴然としすぎたものでした。

 しかし、浴槽の大きさの違いだけでこんなにも脳波に影響を及ぼすものなのか、という疑問の声が一部の研究者から上がったのです。

 予測を越えた実験結果に対する疑念は、いつの世も付きものです。

 実験班としても、よすぎる結果に一時は喜んだものの、同じ疑問が沸いていました。ではもう一度、環境が整備されている実験室(部屋の温度、湿度などが一定で、お湯も一定温度を正確に保てる)で同じ実験をやってみようではないか、ということになり、銭湯から北海道大学附属登別分院へ場所を移して実験は再開されたのです。

α波の現れ方ではやはり大きな浴槽の勝ち

 再実験は、論議の的である脳波だけに絞りました。男子大学生10名を被験者とし、大きな浴槽と小さな浴槽に10分間入浴して、α波の出現度を見ようというものです。

 実験に使用した浴槽のお湯の温度は、大小浴槽ともに40℃に設定。各被験者は食事による影響を受けないように、当日は早朝から絶食し、実験開始20分前には水泳パンツをはいて実験室へ入室してもらいました。実験環境に慣れてもらうためです。

 脳波を測定するための電極を頭上に付け、いすに座って5分間安静を保った後、浴室へ。10分間肩までつかって入浴した後、浴槽から上がり、再びいすに座って10分間安静を保ちました。

 この間の脳波を測定したわけですが、入浴するときと浴槽から出るときを除いては、眠らないように注意したうえで目を軽くつぶった状態にしました。

 肝心の実験浴槽はどうしたのかというと、小さな浴槽は銭湯での実験の時に使った家庭用の同じポリバスを使い、大きな浴槽は院内にあるプールを使用しました。小浴槽では必然的に、両手足を折り曲げての入浴。一方、大浴場での入浴姿勢は、銭湯の大きな浴槽で入浴するときと同じように、階段部分を利用して背もたれに寄りかかり、手足を自然に伸ばした状態で入浴してもらいました。

 記録された脳波は、α波の記録が良好だった頭頂部から後頭部の4カ所(チャンネル)の平均を求めて、グラフで表しました。

 入浴したときと、浴槽から上がったとき(体を移動させたとき)のデータは除外して、浴槽へ入ってから1〜9分までの平均をとり、得られたα波の出現頻度については個人差が大きいため、入浴前を100とし、これに対する割合で表しました。

 α波の変化の仕方は被験者ごとにやや異なりますが、A君とB君の大浴槽と小浴槽のα波出現経緯を図1で示してみましょう。ご覧の通り両名とも、小さな浴槽での入浴中には入浴前に比べて著しくα波の頻度が減少し、浴槽から上がってからは10分以内に入浴前の値に戻りました。

 一方、大きな浴槽での入浴は、入浴前に比べてややα波の頻度が減少したものの、浴槽から上がるとむしろ増加しました。これは、入浴前より心も体もいい状態になったことを示しています。大きな浴槽にはストレスを解消する効果があったのだと証明する結果になりました。

図1 入浴実験中のα波の出現経過(2例)

図1

 また、入浴中のα波の頻度を浴槽の大小で比較すると(図2)、大きな浴槽での入浴のほうが、明らかにα波の頻度が高かったのです。実験終了後に、どちらの浴槽での入浴が快適であったかを質問すると、被験者全員が大きい浴槽のほうが快適だったと回答しました。

図2 入浴中のα波の出現度

図2

手足を伸ばして入浴するとリラックスして疲れがとれる

 阿岸教授によれば、α波が多く出る状態というのは、心身が安定していることを示す指標のひとつであす。入浴は体を清潔にすることはもちろんですが、1日の疲れをとるのも大きな役割です。せっかくお風呂に入っても、小さな浴槽だとリラックスできませんから、無意味なバスタイムになってしまうことになります。入浴実験は如実にそれを語ってくれました。

 小さな浴槽だと手足を伸ばすことができません。つまり、筋肉の緊張を解くことができないのです。そんな状態では、肩凝りをはじめとする筋肉疲労は解消しません。無理な入浴姿勢はかえってストレスを加えてしまうことになりかねないのです。

 一方、大きな浴槽ならば手足を伸ばしてゆったりできます。拘束されるものがないから、疲れた筋肉をほぐすことができますし、広い空間に身を置くだけで開放感にひたれます。おまけに東京の銭湯の天井は高くて、大きな背景画が空間をより広く感じさせるお店が多いのですから、肉体的にも精神的にもリラックスするのにいいことずくめの空間なのだといえるでしょう。

「今日は疲れたな」というときは、快適バスタイムを求めて、銭湯のお風呂に身をゆだねてみてはいかがでしょうか。「今日は銭湯で元気になってやるぞ」という心意気で、銭湯を利用してほしいものです。

2-小浴槽

小さな浴槽は手足を伸ばせない

3-分院

実験を行った北海道大学附属登別分院

4-脳波計

実験中、断続的に記録される脳波

(「銭湯で元気!」は毎月第2金曜日に更新します)