平成5(1993)年に創刊した銭湯PR誌『1010』のバックナンバーから当時の人気記事を紹介します。


〇月✕日

「1010」にフロント日記を書かせてもらって十余年になる。お客さんからよく言われる「毎回いろんなネタがあるねえ」と。で、アタシャいつもこう応える。

「ネタはお客さんが提供してくれるんですよ。フロントでの、なんていうことのない会話でもアタシにゃ結構面白く楽しく聞こえるんですなあ。だからそれをちょっとメモしてるってワケなんです」
「そぅォ、いうなれば感性だね」
「ま、感性などとカッコいいもんじゃなくて、落語の単純な八っつぁん、熊さん的なもんですかな」
というようなことで今日も風呂屋のオヤジの熊さん・八っつぁん的な感性とやらを一つ二つ――。

オヤッ、見慣れない青年が入ってきたな。でかい男だ。1m80以上だな。細身の坊主頭なのでバレーボールの選手のようだ。この青年クン、フロント前の料金表を眺めながらニコリともせずに言う。
「ボク、大人です……」
アタシャ、ニヤッとしたよ。
「大人ねえ、どうみたって子供には見えないけどなあ」
「アッそうですよねえ。ハタチなんです。ヘンな言い方だったな」

青年、頭をかき苦笑いをしながら大人料金430円を払った。

フロントで「小学生です・中学生です」と言う子は多いが、大の大人が「大人です!」とことわるのはめずらしい。逆にアタシのほうで女の子に「中学生?」と聞いて「いいえ、もう大人です!」と言われ失礼ねッという雰囲気で訂正されたことは何回もあるけどね。

寒波襲来か、お客さんが一様に「ウーッ寒い!」と入ってくる。

そしてアタシとの寒さの挨拶になるんだが、これがまた個性があって愉快なんですなあ。

まずは若い男性。
「この寒さはまるっきり冬ですねえ」

ホウッまるっきり冬ときたか。確かに暦は2月だ。秋とは間違っても言わない。かといって春には間がある。しかしねえ、まるっきり冬とはなあ。とすりゃ、この寒さは「まるっきり寒い」となんのかねえ。まるっきりねえ……。

続いては70ほどの男性。当方の「寒いですねえ」の挨拶にニタッとしてご返事なさった。
「ウン、暑いとはいえないな」
ごもっとも――。

3人目は50歳だという男性。例によってアタシの「寒いねえ」の言葉に真面目な表情で
「そうですね、この寒さはシベリアの寒気団が北上してきて日本列島を覆っているからなんですって。当分寒気が続くらしいですよ」
というご返事よ。お客さんさ、アタシャ、テレビの気象情報を聞いてんじゃないんだからね。時候の挨拶を解説されるとはなんとまあ、ご丁寧なお方であることよ。

さてお次である。八十路のご老体の登場だ。

アタシの「お寒う……」の出迎えにうなずいておっしゃったよ。
「寒いのはヤだねえ。腰も痛むし懐も寒いしさあ。もうこの歳になると先が見えてきたから冬はいらないよ。一足飛びに暖かくなってもらいたいねえ」

そうですなあ。こんなことを言うとご老体に笑われるけど、アタシもいつの間にやら寄る年波(としなみ)? になってきたからご同感ですよ。

もうお一方参ろう。この方もご年配である。
「今日はまた寒いですねえ」
「ウン、寒いな。しかし表は寒いけど、オヤジはこんな暖房ン中で座ってゼニ取ってんだから、寒さなんかちっとも感じないだろ。いい身分だよ」

ウーン、イジワルッ――。


【著者プロフィール】 
星野 剛(ほしの つよし) 
昭和9(1934)年渋谷区氷川町の「鯉の湯」に生まれる。昭和18(1943)年戦火を逃れ新潟へ疎開。昭和25(1950)年に上京し台東区竹町の「松の湯」で修業。昭和27(1952)年、父親と現在の墨田区業平で「さくら湯」を開業。平成24(2012)年逝去。著書に『風呂屋のオヤジの番台日記』『湯屋番五十年 銭湯その世界』『風呂屋のオヤジの日々往来』がある。

【DATA】さくら湯(墨田区|押上駅)
銭湯マップはこちら


2007年2月発行/84号に掲載


銭湯経営者の著作はこちら

「風呂屋のオヤジの番台日記」星野 剛

 

「湯屋番五十年 銭湯その世界」星野 剛(絶版)

 

「東京銭湯 三國志」笠原五夫

 

 

「絵でみるニッポン銭湯文化」笠原五夫


銭湯PR誌『1010』の最新号は都内の銭湯、東京都の美術館、都営地下鉄の一部の駅などで配布中です! 詳細はこちらをご覧ください。

158号(2024年6月発行)

 

157号(2023年12月発行)

 

156号(2023年9月発行)