平成5(1993)年に創刊した銭湯PR誌『1010』のバックナンバーから当時の人気記事を紹介します。
〇月✕日
高齢化時代である。 しかし、銭湯のフロントでさまざまなお年寄りに接していると、その活気ある姿に、高齢イコール老人時代という定義はあてはまらないと思う。
東京都の浴場組合は、それぞれの地域で区とタイアップした敬老入浴事業を実施しているが、墨田浴場支部でも毎週金曜日を「敬老にこにこ入浴デー」として無料開放を行っている。毎回、各浴場には100人以上がお見えになり、湯気の中で賑やかな交流風景を展開している(※)。
敬老入浴は、墨田の場合65歳からだが、60、70は若手の部類、元気な80代の方がまことに多いのである。さらには「90だよ」という方もほどほどの人数である。
銭湯へ見える方は幾つになっても若々しい。狭い内風呂の孤独な入浴と違い、銭湯には会話があり、ふれあいがある。老若が楽しさを共有する空間である。だから元気であり若々しいんだと、風呂屋のオヤジは心底そう思っている。
そこで銭湯を楽しまれる「老いない老人」をご紹介させてもらおうと思った次第。聞いてください。
夕方、決まった時間に悠然とお見えになる常連おじちゃん。「明治43年の生まれだから95になるんだ」とおっしゃる。自家風呂をお持ちなんだが、銭湯が好きなのと、自宅から当湯までの500m余りを「表へ出る機会が少ないから運動しようと思ってね」ともおっしゃるんだ。つまり、ジョギング&銭湯ということで、そのせいか、会話にも力があり、立ち居振舞いも90半ばのそれではない。
「おやじさんは元気ですねえ。10年は若くみえますよ」
「そっか……」
ニコッとなさった。
「おれは酒もタバコもやんないし、毎んち、こうやって歩いて風呂に来んのが健康法かな。この前、医者に行って超音波のなんとかいう検査したんだ。そしたら年の割に内臓がしっかりしてんだってさ」
「ホホウ、じゃ、医者から100歳まで元気だっていうお墨付きをもらったようなもんじゃないですか」
「そっか…」
またニコッとなさった。
もうひと方、この方も90歳の常連さんでかくしゃくたる人である。10年ほど前に奥さんを亡くして独り住まいなんだが、毎日自転車でお見えになる。そしてサウナに入り2時間は風呂を楽しんでいかれるんだ。
以前「年だからサウナは止めたほうがいいんじゃないですか」と言ったら
「大丈夫! 心配しなくていいから」と怒られちゃった。
少々耳が遠くなってはいるが、「雑音が入らなくていいや」といった超然たる雰囲気も感じさせる方である。それとなんともヘビースモーカーで、風呂の行き帰りにくわえタバコ、脱衣場でもスパスパ。
「おれ、もう風呂とタバコしか楽しみがないもんな」
と、タバコの害などどこ吹く風である。
明治44年生まれの94歳というおばちゃんもいらっしゃる。
「うちの中にばかりいるんで、金曜日はお風呂でみなさんとお話がしたくて」
と、敬老入浴の日は開店前から待っている。
この方も独り住まいであり、
「あたしは一人だから食事も用足しもみんな自分でやんなきゃなんないの」
と軽くおっしゃる。いつも和服であり、小柄な体をシャキッと伸ばし、90代にして小粋な感じすらするヒトである。まさに不老長寿を地でいく方だ。
いかがでしょう、90にしてこの元気、銭湯の高齢者はオール壮年なんだ。湯気の向こうに人生百年が見えている――。
(※)連載当時。現在(2023年)は、毎週木・金曜日に「高齢者にこにこ入浴デー」を実施中。65歳以上の区民の方は、「にこにこ入浴証」を区内の公衆浴場で提示すると、木・金曜のどちらか1回、無料で入浴できる(要申請)。
【著者プロフィール】
星野 剛(ほしの つよし)
昭和9(1934)年渋谷区氷川町の「鯉の湯」に生まれる。昭和18(1943)年戦火を逃れ新潟へ疎開。昭和25(1950)年に上京し台東区竹町の「松の湯」で修業。昭和27(1952)年、父親と現在の墨田区業平で「さくら湯」を開業。平成24(2012)年逝去。著書に『風呂屋のオヤジの番台日記』『湯屋番五十年 銭湯その世界』『風呂屋のオヤジの日々往来』がある。
【DATA】さくら湯(墨田区|押上駅)
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2005年4月発行/73号に掲載
銭湯経営者の著作はこちら
「風呂屋のオヤジの番台日記」星野 剛
「湯屋番五十年 銭湯その世界」星野 剛(絶版)
「東京銭湯 三國志」笠原五夫
「絵でみるニッポン銭湯文化」笠原五夫
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