昔から「笑う門には福来る」などといわれます。本来の意味は、笑い声の絶えない家庭には幸運が訪れる、という意味なのですが、最近は家庭ではなく個人単位で使われることも多くなったようです。もともと「門」は出入り口のほかに家そのものを表します。また、笑いにはストレス解消効果や免疫力向上効果があることが医学的に明らかになっています。「笑う門には福来る」はそういう意味で突拍子もないことわざではありません。
さて、「銭湯入浴と幸福度に関する調査」においても、この観点から質問をしました。その結果が次の表です。
この調査で明らかになったのは、銭湯に頻繁に通う人ほど「ほぼ毎日笑う」傾向が顕著であるということ。笑うことと銭湯入浴はどのように関係しているのでしょうか。
・日常生活の多忙さによって、笑う時間的余裕が奪われているような人、あるいは普段人と接する機会の少ない独居者、そんな人たちが銭湯という「非日常空間」で同じような境遇の人と出会い、言葉を交わし、精神的に解放され、温熱効果や浮力効果が加わって副交感神経が活発になり、自然と顔がほころんでいく。
・食事にも同じことがいえるが、緊張感が抑えられリラックスした状態の時、人は怒りや悲しみの感情より多幸感を抱いたり嬉しさを表現したりする傾向が高い。人と多く接する公衆浴場は、一人で入ることの多い家庭風呂より笑いが生まれる可能性が高い。
推測の域を出ませんが、銭湯入浴と笑いにはそんな関係性が考えられます。
笑うことが健康増進に役立つことは、たくさんの医学研究で証明されてきました。特に免疫力アップという観点で、数十年前から笑いの効用がクローズアップされています。笑いが免疫細胞の一つ、NK細胞を活性化して病気に対する体の防衛力をアップする、というわけです。
一説には、若くて健康な人の体にも1日5000個ほどのガン細胞が発生するといわれています。免疫システムは実に複雑なのですが、簡単にまとめると、これらのガン細胞や体内に侵入するウイルスなど、体に悪影響を及ぼす物質を退治しているのがNK細胞。リンパ球の一種で正式な名前は「ナチュラルキラー細胞」といいます。人体にはこのNK細胞が50億個ほどあるといわれ、その働きが活発だと感染症はもとよりガンにもかかりにくくなると考えられています。
ところで、私たちが笑うと免疫のコントロール機能をつかさどっている間脳(かんのう)に興奮が伝わり、情報伝達物質の神経ペプチドが活発に生産されます。つまり笑いが「起爆装置」となって作られた神経ペプチドが血液やリンパ液を通じて体内を巡り、NK細胞の表面に付着し、NK細胞を活性化すると考えられているのです。
反対に悲しみやストレスなどマイナスの情報を受け取ると、このNK細胞の働きは鈍くなり免疫力も下がってしまうのです。
これも最近では医学常識となりましたが、免疫力はただ強ければいいというものではありません。リウマチなどいわゆる「自己免疫疾患」と呼ばれる病気は、その人の免疫力がその人自身を敵とみなして攻撃する厄介な疾患です。実験を行ったところ、笑いにはこうした免疫システム全体のバランスを整える効果もあることも明らかとなりました。つまり大いに笑えば、ガンやウイルスに対する抵抗力が高まり、同時に免疫異常の改善にも繋がるのです。こう考えてみると「笑い」に勝る薬はないのかもしれません。極論ですが銭湯入浴は、この特効薬を投与する予防医学の実践場と言えるかもしれません。
笑うことがどんなにすばらしいことか、もう少しお付き合いください。
2010年に起きた、チリのサンホセ鉱山落盤事故。その救出劇は、今もなお感動的な出来事として世界中の人々の記憶に残っていることでしょう。33名の鉱山作業員が地下700メートルの避難所に閉じ込められ、17日間連絡が途絶えたものの、その後無事であることが確認され、事故から69日後に全員が救出されました。
後日、作業員のチームリーダーが朝日新聞のインタビューに対し、過酷な状況の中、生き抜いた理由について、「希望があったこと、楽観的であり続けたこと、そしてユーモアを忘れなかったこと」と答えました。このことは、ユーモアや「笑い」がいかに「ヒトの生きる力」と密接に関わるかを物語っています。(「健康豆知識・掲載23」より)
笑いの研究者として著名な福島県立医科大学の大平哲也主任教授が、かつて大阪大学の准教授だったころ、朝日健康ゼミナール「笑いは元気の元!~笑いで健康づくり~」で次のような報告をしました(2011年11月13日)。それによりますと、アメリカで行われた調査では、大人は1日に平均17回笑うと報告されています。「笑い」といっても、単に笑顔になるだけでなく、「ハ、ハ、ハ」と声を発する「笑い」もあります。ほとんどの動物は笑顔ができますが、ヒト以外では知能の発達したサル以外、笑い声を発することができません。笑うことは、脳にとって非常に高度な作業である、と大平教授は力説します。
人間の赤ちゃんには「天使の笑顔」といわれるような、寝入りばなに見せる笑顔があります。赤ちゃんをあやす時は、笑顔で接したり、褒めたりしないと、笑わない子どもに育ってしまいます。赤ちゃんは大人に笑顔を褒められることで、笑顔と「笑い」を学習していくというのです。
こんな希望的研究も大平教授から紹介されました。「笑いの頻度と1年後の認知機能との関連」について調査したところ、「ほぼ毎日笑う人」と「ほとんど笑わない人」では、後者のほうが1年後の認知機能の低下が大きいという結果が出た、というのです。
銭湯入浴→よく笑う→病気に強くなり、ボケない可能性もある……何気なく楽しんでいる銭湯入浴にこんな素晴らしい秘密が隠されていた、銭湯入浴と幸福度調査はそんな発見を導き出しました。次回は、もう少し掘り下げて、自覚的幸福感の高い、低いと笑いの関係について、男女別、年代別、地域別に見ていきたいと思います。 (以下、次号)
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