温かみのある甘い音色が魅力的な、オーケストラの花形楽器、オーボエ。大阪の下町銭湯の4代目として生まれ育った古部賢一さんは、中学時代にオーボエと出会い、今は新日本フィルハーモニー交響楽団 首席オーボエ奏者として活躍しています。日本のみならず世界を飛び回って演奏する古部さんにオーボエの魅力、銭湯の思い出についてインタビューしました。
■大阪の下町銭湯の4代目として育つ
生まれ育ったのは大阪の池島というところです。海に近くて気さくな人が多い下町で、実家は「道義湯」という銭湯を営んでいました。始めたのは曾祖父で、自分が4代目になります。
オーボエとの出会いは中学生の時。音楽の先生にブラスバンド部へ誘われて、オーボエを勧められたんです。本当は男らしいトロンボーンやサックスをやりたかったんだけど「オーボエはオーケストラの花形だぞ」と説得されて。
オーボエは世界一演奏が難しい楽器とも言われているんですが、さらにリード(オーボエの先端につけて音を発生させる吹き口)も、自分で削って作るので、手先が器用でないといけない。そんな神経質な楽器なので、やる人が少ないけど、オーケストラの花形。これは天邪鬼(あまのじゃく)の自分に向いている楽器だな、と(笑)。
高校でも吹奏楽部に入って、楽器だけでなく指揮をやったり、バンドを作ってドラムを叩いたりと音楽漬け。普段は目立たないけど、文化祭の間だけはスターになる、そんな生徒でした。
■大学在学中に新日本フィルに合格
一浪して東京藝術大学に合格して上京し、当時上石神井にあった寮から上野まで通学していました。バイオリンの葉加瀬太郎や俳優の石丸幹二は、寮時代からの仲間です。
在学中に就職活動の一環として、軽い気持ちで新日本フィルハーモニー交響楽団の首席オーボエ奏者のオーディションを受けたところ、幸運なことに合格できました。将来性に期待して入れてくれたんです。でも、受かるわけないと思っていたのに受かったので、入ってからは楽団のレベルについていこうと、必死でした。もちろんプレッシャーはありましたけど、それを感じる暇もないほど一生懸命練習して、一年間の試用期間の後、本採用になりました。
■本番までにいかに課題をクリアするか
オーボエはオーケストラの中でも古株の楽器なので、目立つように作曲されています。特に協奏曲は、オーケストラの前に立って演奏するので一番目立ちますね。緊張はもちろんするんですが、演奏は本番までにいかに準備をしてあるかが大事なんです。リハーサル1日目、2日目、会場リハーサルと、練習を重ねて本番を迎えるなかで、いかに自分の課題をクリアしていけるか。お客さんがいるかどうは関係なくて、全部準備を終わらせて本番に挑む。練習だと指揮者に止められることもあるけど、本番は止められないからいい(笑)。
■リードの調整は1/100ミリ単位
オーボエの先端に付けて息を吹き込むリードは、隙間が1ミリもないくらいで、すごく狭い。息の量はそれほどいらないけど、相当な吹く力が必要です。だから吹いていると代謝がよくなって、汗がどんどん出てくる。二日酔いの時なんて、最初のうちは嫌な感じの汗がダラダラと(笑)。
リードの材質は葦(あし)です。オーボエがヨーロッパの楽器なので、南フランスや北イタリアで栽培された葦を使います。荒削り用から仕上げ用まで何種類ものナイフを使い、削って作る。吹き口部分はすごく薄くて1/100ミリ単位で削って仕上げます。さらに演奏する場所の湿度によって、膨らみ具合をリードに巻いた細い針金で調整する。
リードは湿気に敏感です。エアコンが効いたホールで吹いていても、リードの膨らみ具合で「今会場の外はどしゃぶりだな」とわかる。面白いことに、東京と大阪で湿度はだいぶ違います。大阪のほうが湿度が高くて、いつも吹き心地が重い。リードは音を出す要ですが、すごく繊細なので、扱いに気を遣いますね。
■風呂上がりにくつろげる脱衣場のある銭湯がいい
コンサートの後には、銭湯で汗を流したいですけど、なかなか行けないですね。というのも、コンサートが終わって一段落する頃には銭湯はもう閉まっていることが多いから。特に地方の銭湯は閉まるのが早い(笑)。この銭湯(御谷湯)は夜中の2時までやっているし、仕事場(すみだトリフォニーホール)からも近いので、今度ぜひ入りに来たいです。
お湯は熱いのもぬるいのも好きですけど、暑がりで汗っかきなので、湯上がりに汗がひくまで長時間くつろげる脱衣場がある銭湯が好きです(笑)。
■いつか実家でできなかった銭湯コンサートを
子どもの頃のあだ名は、風呂屋のけんちゃん。そのままですね(笑)。同級生と学校で時間を約束して一緒に入ったりして、楽しかったですよ。同級生といえば、野球の野茂英雄選手が同級生で、家族でうちの銭湯に入りにいらしてました。野茂くんは小学生の頃から体が大きかったですね。
風呂屋の長男なので、物心ついたときから番台に上がっていたし、風呂掃除も手伝っていました。風呂掃除の英才教育を受けたから、今でも銭湯の掃除なら手伝えますよ。ちなみに、今自宅の風呂掃除は私の担当です。カミさんはやったことがない。僕のほうが圧倒的に早いから(笑)。
実家の銭湯は残念ながら廃業してしまったのですが、銭湯でコンサートを開くことができなかったのが悔いになっています。銭湯に生まれ育った者として、機会があればぜひ、銭湯でコンサートをやりたいですね。
写真:望月ロウ(ロウクラフト) 文:タナカユウジ
【プロフィール】
古部 賢一(ふるべ けんいち) ● 1968年生まれ。新日本フィルハーモニー交響楽団 首席オーボエ奏者。ソリストとしても国内外の数多くのオーケストラと共演し、室内楽でも活躍する。第10回出光音楽賞受賞。東京音楽大学、相愛音楽大学非常勤講師、札幌大谷大学客員教授。大阪府港区池島で営業していた道義湯(廃業)の長男。
【取材地DATA】
御谷湯(墨田区|錦糸町)
●銭湯お遍路番号:墨田区 34番
●住所:墨田区石原3-30-8
●TEL:03-3623-1695
●営業時間:15時半~26時
●定休日:月曜(祝日の場合は翌日休)
●交通:総武線「錦糸町」駅より徒歩16分。もしくは総武線「錦糸町」駅よりバス。「石原3丁目」下車、徒歩2分
●ホームページ:http://mikokuyu.com/
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息を吹き込むリードは1/100ミリ単位で削って調整する