白濁した湯船につかり、壁を見上げると、そこには枠の中に描かれた富士山の背景画。スポットライトで照らされたその絵は、まるで額縁に収められた絵画のようで、どことなく品がある。この一風変わった背景画があるのは、西荻窪の天狗湯だ。
「背景画の下地が傷んだことをきっかけに、昨年11月に改装工事を行いました」と話すのは、ご主人の澤成一さん。背景画が描かれていた壁を木目調のパネルに貼り変えて、それまで壁一面に描かれていた背景画を枠の中に納めることにした。男女の浴室共に背景画を描いたのは、現役最高齢絵師の丸山清人さん。丸山さんも額の中に描くのは初めての経験だったそうだが、一風変わったこの趣向、お客さんからは雰囲気が変わったと好評だとか。
天狗湯は成一さんの祖父が昭和24年にこの地で開業し、成一さんで三代目。現在の建物は昭和45年に建築されたもので、こまめに設備を更新しながら現在の形になった。
建物は宮造りではないが、脱衣場も浴室も天井が高い、昔ながらの東京風。入り口はフロント式に改装されており、広いロビーでのんびり休憩できる。取材日はイベントでロビーにイラストが飾られており、ちょっとしたギャラリーのようだった。
さて、浴室のほうだが、冒頭で紹介した「白濁した湯船」とは、実はミルク風呂のこと。保湿成分、ビタミンE、オリーブオイルが配合されており、肌がしっとりすると好評だ。元はご主人が高円寺の小杉湯で行われているミルク風呂につかって感激したのがきっかけで、自分の店に取り入れることにした。他の湯船よりも温度がぬるめでじっくりつかることができるうえに、毎日実施されているのがうれしい。
そのほか男湯では、超音波ジェットバスとミクロバブルバスが設置された浅風呂に、半身浴ゾーンが設けられた深湯と、2つの湯船がある。
また、湯船の脇には、足裏のツボを刺激する黒玉石歩行コーナーも。ツボを刺激すると、老廃物を排出し新陳代謝が高まるらしいので試してみたのだが、踏んだ瞬間に足裏から脳天に突き抜けるような痛みが! 老廃物がかなり足裏にたまっているのかもしれない。
女湯のほうの深風呂は、サウナのように独立した小部屋で、スチームバスが楽しめるようになっている。ここでは月曜・火曜のみ芳香浴を実施して人気だという。香りにはアロマオイルを使うほか、季節によってはヨモギやルイボスティーを使うこともある。
天狗湯のお客さんは、開店直後は高齢の常連さんが多く、夕方以降は若い人が増える。週末は、若者が友達と連れ立ってきたり、家族連れが多くなる。ぬるめのミルク風呂があるので、家庭風呂に慣れた人でも安心だ。「どこで天狗湯を知ってくれたのか、最近は若いお客さんが増えていますね」とご主人。Twitterやブログで情報発信しているのが役立っているようだ。
さて、ご主人の趣味は、ジョギングを兼ねた銭湯めぐり。店の定休日には走ってよその銭湯へ向かい、湯上がりに一杯やることを楽しみにしている。他の銭湯に行くことは、お湯の温度や設備、掃除など勉強になることも多いとか。「そのうち、湯船をもう一つ増やしたいな、と思っているんです」というから、銭湯めぐりで得たアイデアが将来お目見えするかもしれない。
西荻窪は、いかにも昭和といった風情を漂わせる横丁が駅と隣り合わせに残っていたり、アンティークショップ、古本屋、カフェなどが多く、散歩してみるのも楽しい町だ。湯上がりに一杯やる酒場にも困らない。休日の散歩ついでに天狗湯へ寄るのもいいだろう。タオルが3枚ついた手ぶらセット(入浴料込み600円)も用意してあるので、お風呂道具がなくても安心だ。
天狗湯は西荻窪駅から徒歩7分。店の外壁には女性絵師の田中みずきさんが描いた富士山が道行く人々の目を楽しませている。
オーソドックスな銭湯ながら、スチームバス、ミルク風呂、手ぶらセットなど、ご主人の細かい工夫が光る、居心地のいい銭湯だ。
(写真・文:編集部)
【DATA】
天狗湯(杉並区|西荻窪)
●銭湯お遍路番号:杉並区 9番
●住所:杉並区西荻南1-21-4
●TEL:03-3333-9461
●営業時間:15時45分〜23時45分
●定休日:金曜
●交通:中央線「西荻窪」駅下車、徒歩7分
●ホームページ:http://blog.livedoor.jp/sirakababbq/
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