
あなたが学生だった頃、こんな同級生はいませんでしたか? にぎやかな子、頭のいい子、スポーツが得意な子、とたくさんのクラスメイトがいる中で、いつも端っこにいてあんまり目立たない。話しかけてもあまり反応が返ってこず、「もしや嫌われてる?」とこちらが心配になってしまう。仲良くなる機会を逸したまま時間が経つが、ある日ひょんなきっかけから、実はその子はすごい特技を隠し持っていることがわかり、びっくり(例えば、天才チェスプレイヤーとか、eスポーツの世界チャンピオンとか)。興味がわいていろいろ質問しているうちに「この子、面白いな……」と赤丸急上昇的に気になる存在になっていく。
誤解をおそれずに言うと、大田区の東急池上線・御嶽山(おんたけさん)駅から線路沿いに歩いてすぐの調布弁天湯さんは、私にとってまさにそんな存在です(褒めてます)。普通のよくある、どこにでもある街の銭湯(言い過ぎ)と思っていたら、実は唯一無二のオンリーワン銭湯だった! しかも通うたびに好きなポイントを見つけ、沼から抜け出せなくなる……。今回は、そんな調布弁天湯さんの「ここが好き」というところをいくつかご紹介し、「調布弁天湯沼」の仲間を増やしたいと目論んでおります。
他で見たことのない珍しい仕掛けがたくさん!
なんといっても調布弁天湯さんのオンリーワンなところは、他の銭湯ではなかなか見たことのない仕掛けがいくつもあるところです。有名なところでは「湯とん」。浴槽の壁に取り付けられた金属のもみ玉がランダムに動き、そこに背中を預けるとお湯につかりながら背中をほぐしてくれるという優れもの。私はこの湯とんがある銭湯を、都内ではここを含めて2軒しか知りません(もう1軒は、品川区の中延記念湯さん)。
また、調布弁天湯さんに行ったことがある方なら、浴室の壁に掲げられた絵画が気になったことがあるはず。男湯と女湯の仕切りの壁に、各3枚、フレームに入った絵が飾ってあります。女湯は孔雀やお花の絵で、いつも「これは誰が描いたのかな?」と見上げながら体を洗っていたので、取材の際にご主人の本間敏雄さんに質問してみたところ、「あれはね、写真。電飾が光るんだよ。湿気が入ると光らなくなっちゃうから普段は止めているけどね」と想像の斜め上を行くご回答。先代である2代目のご主人が現在のビル型に改築する際、内装の1つとして秋葉原で買い求めてきたのだとか。近づいてよく見ると、確かに写真の表面にはいくつも小さな電飾の穴があります。普段はスイッチを入れていないそうですが、取材時に特別にスイッチを入れてくださいました。光ってる!! 動画で光っている様子をご確認いただけるでしょうか。
浴室に入るとすぐ横にサウナがあり、その反対側には立ちシャワーブースが3つ並んでいます。そのうち1つはボディシャワーで、三方の壁に水の噴射口がいくつも取り付けられており、スイッチを押すと全身に水シャワーを浴びることができるので、サウナの後のクールダウンに最適です。「場所があれば水風呂にしたんだけどね」とはご主人談。その横のシャワーブース2つには、通常のシャワーカランの他に、もう1つ「温泉シャワー」が設置されており、後述する温泉を汲み上げたままの源泉水をシャワーで浴びることができます。
ロビーにはソファが置いてあり、湯上がりにテレビを見ながら休憩ができるようになっています。そのソファの後ろにパーティションが設置されていて、いつも「この裏には何があるのだろう」と思いつつ、湯上がりのいい気分で確認を忘れて毎回帰っていました。取材日に見せていただくと、そこには大きなマッサージチェアが。ご主人曰く、「マッサージ中、リラックスしている時に他の人と目が合うのは嫌だろうから、見えないように」。ご主人の優しさがにじみ出る設えになっています。
大田区なのに「調布」? 名前の謎とその歴史
元々、「なぜ、調布市じゃないのに調布弁天湯って名前なんだろう?」という疑問を持っていたので、ご主人に質問したところ、答えは簡単「昔、この辺りは東調布という地名だったから」。現在のご主人は3代目で、創業者であるおじいさまが昭和30年に調布弁天湯を開店したそうですが、実は7軒の銭湯を作る計画だったとのこと。調布弁天湯はその計画の4番目にオープンしたお店でした。残念ながら計画半ばにして最後の銭湯となり、現在はその4軒中、唯一残る銭湯となったそうです。ちなみに1軒目は恵比寿湯(大岡山駅近く)、2軒目は末広湯(鵜の木駅近く)、3軒目は大国湯(久が原駅近く)だったとのこと。湯めぐりしてみたかったなあ……と在りし日に思いをはせました。
温泉特区・大田の銭湯
調布弁天湯さんの温泉が掘られたのは、今から15年ほど前の2010年辺りだそうです。「大田区は掘れば温泉が出ます」と業者さんから勧められたのがきっかけで挑戦したそうですが、見事掘り当てた温泉は茶褐色の源泉。黒湯に比べて色が薄いので「お掃除がラク」と笑うご主人でした。色は薄くても、温泉効果はピカイチ。お客さんからは「よくあたたまる」と好評なんだそうです。
湯上がりオススメスポットも! 御嶽山の街を歩いてみよう
ご主人に「調布弁天湯さんでお湯をいただく前後に御嶽山をお散歩するとしたら、例えばお勧めのお店などありますか?」と伺ったところ、調布弁天湯さんのお隣にある中華料理店「安信屋」をご紹介くださいましたが、取材時は臨時休業中(残念ながら2025年1月31日に閉店)。
もう一軒、お勧めのお店は御嶽山駅を挟んで反対側にある、最近、元住吉から移転してきたピッツェリア。偶然私も一度だけ行ったことがあったのですが、とってもおしゃれな内装で、出てくるお料理が全て本格的! ピザはもちろん最高においしかったですし、加えて私が感動したのはサラダでした。たくさんの色とりどりの野菜がお皿にボリュームたっぷりで、とてもカラフル。珍しい野菜も入っていました。映えます!
お腹いっぱいになったら、御嶽山駅の名前の由来となった御嶽神社にお参りするもよし。木曽御嶽山で修行した一山(いっさん)行者が建立したというとても立派な神社で、他にも一山行者を祀る一山神社や、水害から少女を救った延命地蔵など、見どころがたくさんです。何より、この神社の境内の空気が私はとても好きです。駅前ながら、鳥居をくぐった途端に辺りは静かな空気に変わります。私は毎回、明るく清澄な雰囲気を楽しみながらお参りしています。
取材に応じてくださったご主人は飄々としてユーモアのあるあたたかいお人柄で、「ウチはねえ、跡継ぎがいないから、そんなに長くやれないんだよ」とニコニコしながらおっしゃっていました。と言いつつ、普段のお掃除はご主人一人ですべてこなすのだそうです。頭が下がります……。こんなにすてきなところがたくさんある銭湯は、できるだけ長く続いてほしいと思います。折に触れこれからも通おうと改めて決意しました。
(写真・文:銭湯ライター 山口安代)
【DATA】
調布弁天湯(大田区|御岳山駅)
●銭湯お遍路番号:大田区 51番
●住所:大田区北嶺町10-11(銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3720-4434
●営業時間:15時半~23時
●定休日:月曜、火曜
●交通:東急池上線「御嶽山」駅下車、徒歩1分
●ホームページ:http://ota1010.com/explore/調布弁天湯/
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