「銭湯で元気!(89)」でご紹介した入浴研究家の石澤太市博士が、今年も東京都浴場組合の役員研修会で講演を行いました(2024年11月15日)。テーマは「心と体に効くお風呂に掛けた私の研究秘話 PART2」で、今回は「効果を実感する新しい入浴法」です。講演の冒頭、コロナを機に入浴に対する人々の意識が変化したという調査結果の紹介がありました。
入浴への期待は、2020年のトップが「リラックス」、2位が「血行促進」、3位が「温める」だったのが、2022年にはトップが「温める」、2位が「リラックス」、3位が「血行促進」となったのです。背景には、体温を高めれば免疫力が強くなりコロナを予防できるようになるのではないかという心理が働いていた、と石澤博士は考えています。お風呂に対する健康志向の強まりというわけです。
免疫細胞が正常に働ける体温は、36.5℃とされています。 36.5℃から体温が1℃上がると最大5倍~6倍も免疫力が上がり、逆に1℃下がると免疫力が30%下がると言われています。一説によると37.5℃で菌やウイルスに強い状態になり、38℃で免疫力が増強、39.6℃で乳がん細胞が死滅、40℃でほとんどのがん細胞が死滅、とされています。入浴時間が長くなれば当然、一時的に体温は高くなりますが、36.5℃の人が入浴で1.5℃以上体温を高めると心拍数も上がって体に負荷がかかりますから、入浴による体温の上昇は1℃アップくらいがちょうどいい、と石澤博士はお話しされました。
問題は、理想的な体温1℃アップの入浴の仕方です。石澤博士の実験では39℃ 15分の入浴と42℃ 3分の入浴で、直後の体温は図のように後者のほうが断然高くなっています。しかし、20分後、30分後の体温は逆転しているのがお分かりでしょう。ぬるい湯に長時間浸かるほうが、入浴後の保温効果が高いという証明です。これによって体への負荷も少なくなり、リラックス効果も高まるのです。
さて、ここから石澤博士の「研究秘話」が始まりました。博士は研究者になってからずっと、お風呂に入るのはリラックスするためだと考えてきたのに、あることを契機に考えが変わった、というのです。それは炭酸ガス系入浴剤の開発でした。炭酸ガス系の入浴剤は、湯の表面でパチッと発泡しますが、ここに香りを閉じ込めてやると、湯の中に香りが溶け込むのではなく、浴室全体に香りが広がるのです。これによって、博士は覚醒を感じ、「リラックスするためにお風呂に入るのに、目が覚めてもいいのかな」と一瞬思ったそうです。
写真提供: バスクリン
しかし、覚醒のための入浴はむしろメリットがあるのではないか、と考えました。なぜなら、風呂の中で眠るわけにはいかないし、お風呂から上がってすぐに寝床に就く人は意外に少ない。むしろ入浴後2時間くらいしてから就寝する人が多いことが分かったからです。入浴中にリラックスするのではなく、入浴後にリラックスすればいいのではないか、気分のメリハリをつけることこそが入浴に求められているのではないか、と考えたわけです。
しかもこの「気分のメリハリ」は体温のメリハリにも通じている、というのが博士の発見でした。入浴と睡眠の関係については、「銭湯で元気!(13)」(2016年)でも紹介しましたが、湯船に浸かることによって「末梢血管への血液量増加による体温の移動→皮膚の温度の上昇→皮膚からの熱の放散量の増加→深部体温の低下」という一連の体温調節プロセスを経て眠気や入眠が促進される、ということが研究の結果明らかになっています。そして、就寝は最低でも入浴30分後、とお勧めしました。
今回の講演でも、3人に2人が通年の睡眠の悩みを抱えており、とりわけ気温の高い夏は8割の人が、寒い冬は6割の人が睡眠の悩みを抱えているというお話でした。深部体温の放熱が入眠の条件なのですが、夏は外気温が高いために、冬は手足が冷えるために放熱しにくいわけです。だからこそ入浴によって体温を上げ、その後の体温降下を入眠に利用するのが効果的、というわけです。体温の変化と自律神経の変化(副交感神経の高まり)を、お風呂に入ることによって自然に起こすのです。「就寝の90~120分前の入浴こそ、良質の睡眠につながる」と石澤博士は強調しました。
図提供: バスクリン
さらに、浴槽浴とシャワー浴の睡眠との関係についても言及されました。冷え性の人を対象に、40℃ 10分間のシャワー浴と40℃ 10分間の浴槽浴で睡眠中の副交感神経の活動具合(どれだけリラックスしているか)を比べたところ、図のように浴槽浴のほうがリラックス度は高く、よく眠れていることがわかりました。また夏場に行った調査では、寝ている間に目が覚めた(中途覚醒)時間は、さら湯に入浴した場合が約5分、シャワー浴の場合が11分と、効果に明らかな違いが出ていました。いずれも、浴槽浴のほうが質の高い睡眠を得られることを示しています。
布団の中で手足の冷えを感じる季節ですが、日本人が培ってきた入浴文化は眠る力の向上にも大いに寄与していることが分かりました。眠る前に体温の1℃向上を心がけましょう。
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