銭湯から生まれた世界チャンピオン
すでに大きく報道されているので皆様もご存じと思いますが、先月のこのコーナーでお知らせしたプロボクサー、木村悠選手が11月28日、WBC世界ライトフライ級のチャンピオンになりました。木村選手は、銭湯の熱いお湯に週2、3回入浴することによって、トレーニングや仕事の疲労回復と筋力アップを図ってきた自称「風呂ボクサー」。HSP(ヒート・ショック・プロテイン=熱ショックたんぱく質)入浴法を自ら実践して、その効果を証明して見せたのでした。
その功績をたたえ、12月5日に開催された「銭湯サポーターフォーラム2015」において、木村選手は東京都浴場組合から「銭湯大使」に任命されました。
ところでこのHSP入浴法、アスリートだけに恩恵をもたらすわけではありません。
熱ショックたんぱく質は男女に関係なく、温浴刺激などによってあらゆる人にすばらしい効果をもたらすたんぱく質なのです。
前回のおさらいも兼ねて、HSPを簡単に紹介しましょう。このたんぱく質は、どのように見つけられてきたのでしょうか?
発見されたのは1960年代。その名の通り細胞中で「熱」によって増えるたんぱく質として発見されました。その後、様々な研究によってHSPには多くの種類があることが明らかになり、ある種のHSPはサーモトレランス、つまり熱耐性の効果を持つことも分かり、にわかに注目されるようになったのです。
世界チャンピオンになった木村悠選手(『1010』128号「銭湯人インタビュー」より)
ありふれた目立たないスグレモノたんぱく質
HSPの研究を続けている伊藤要子先生(修文大学教授)は、その特徴についてこう述べています。
① 目立たないジョーカーのようなすぐれもの(何にでも通用する)
② HSPはとてもありふれたたんぱく質で、地味で働きもの(どんな細胞にもいる)
③ 決して偉ぶったり、脚光を浴びるタイプのたんぱく質ではない(仕事が終わればひっそりと立ち去る)
④ あまりにありふれているので、みんなその存在に気づかない(いつも控えめに働いている)
⑤ 本当は、毎日、いやこの一瞬もHSPのおかげで元気なのだ(元気の素)
⑥ 知らずにいても、命に別条はない(介添役)
(法研刊『加温健康法』より)
なんとも親しみあふれる存在ではありませんか。そのうえ、このたんぱく質はストレスによって増えるというのです。紫外線、低酸素、精神的ストレス、そして温熱。
これを発見したのは、イタリアの研究者、リトッサ先生ですが、ショウジョウバエを普段より5度高い30度の温度で飼育すると増えるたんぱく質がある、ということを染色体の変化で発見したことがきっかけでした。ヒート(熱)・ショック(刺激)・プロテイン(たんぱく質)の名前の由来です。
マウスの肌が証明した熱の効果
こういう現象を、私たちの身近でも知ることがあります。最近テレビなどで、しおれたレタスを50度のお湯にしばらく浸けていると、シャキッとよみがえってくることが話題になっているのをご存知ですか?
そして銭湯によく通う方は、こんなこともご存知ではないでしょうか。銭湯入浴を長年続けてこられたお年寄りの肌が、ピカピカで美しいことを。つまり、「レタス・シャキッ」に似た現象が実は肌にも起こるようなのです。
実はこのことには医学的な裏付けがあります。慶應義塾大学、熊本大学、名古屋大学の共同研究ですが、マウスの皮膚を42度のお湯に5分間つけると、ヒート・ショック・プロテインの一種HSP70などが増えることが分かりました。HSP70は細胞を保護する作用の最も強いHSPとして注目されていますが、この研究グループではHSP70が紫外線による皮膚の傷害やシミを抑える効果があることを発見したのです。
さらに研究グループは、HSPのシワに関する研究を実施。マウスの皮膚を42度のお湯に5分間つけてHSPを増やした後に、紫外線を当てるという処理を10週間続けて行ったのです。そして、これによるシワの形成について調べたところ、37度のお湯に5分間つけたグループのマウスにはシワが確認できたのに対し、42度で温熱処理をしてから紫外線を当てたグループではシワがほとんどできなかったことが分かりました。
化粧できれいになるのとは基本的な原理が異なる
HSP70を常に生産している遺伝子改変マウスでも、同様にシワの抑制が見られたことから、HSP70は紫外線によるシワを防ぐ効果があることが分かりました。また、HSP70はコラーゲンを分解する「お肌の敵」のようなたんぱく質を減らすことも発見。そればかりかHSPには、コラーゲンの生産を助けるHSP47というたんぱく質もあり、温熱によるシワの抑制にはHSP47が働いていると考えられています。
42度というのは、銭湯においては普通、もしくはちょっとぬるめの温度。人間も紫外線を浴びる前に熱めのお風呂に入ると、マウスと同様にシワを防ぐことができる可能性があると期待されるのです。そして思い起こすのが、銭湯の常連さんの美しい肌。まさに論より証拠ではありませんか。
化粧品を使えば、ほとんどの人はきれいになれます。しかし、HSPの増加による美容効果は、化粧品とは基本的に原理が異なります。肌を温めてHSPを増加させると、HSPがコラーゲンやその他のたんぱく質の日常的な傷害を修復し、常に元気なたんぱく質、元気な細胞にするとともに、肌の免疫力も高めるというわけです。HSPは体の中から肌を美しくするのです。
このヒート・ショック・プロテインを増やすHSP入浴の方法は、都内の全銭湯で配布している黄色のチラシに詳しく紹介してあります。ぜひご覧ください。
(「銭湯で元気!」は毎月第2金曜日に更新します)