銭湯の諸設備の中で、ハマる人はどっぷりハマり、忌避する人は徹底的に忌避するものがあります。それは「電気風呂」。ブログで電気風呂が苦手な人のこんな投稿を見つけました。
名前は良く聞くけど、入ったことはなかったので恐る恐る足を入れてみた。
とたんに……ムズムズ、ピリピリ!((+_+))
当たり前だけど、お湯の中を電気が通っていた(T_T)
この際、思い切って全身を沈めてみる。何事も体験。
「あ~~もうだめです~~」
快感ではありません^^;
反対に電気風呂にハマり、本まで出した人もいます。『電気風呂御案内200』『銭湯文化的大解剖』『電浴GO !!』などを立て続けに上梓している「けんちん」さん(自称「電気風呂鑑定士」)は、2018年、東京都浴場組合に加盟している銭湯のうち、電気風呂を設置している168軒を制覇したそうで、さまざまなメディアで電気風呂の魅力を発信しています。
ただ残念なことに、良きにつけ悪しきにつけ電気風呂に関する科学的な論及はほぼ皆無。ネット検索の結果見つかった医学論文(症例報告)は、「電気風呂の長時間入浴に伴う横紋筋融解症の一例」(2019年、聖路加国際病院)だけという状況です。聞きなれない「横紋筋融解症」とは、薬やけがなどが原因で筋肉が壊れる病気。筋肉が破壊されてしまうことから、筋肉中のクレアチンキナーゼ(以下、CK)というたんぱく質が血液中に大量に放出され、重症の場合は腎臓の機能が悪くなって亡くなる危険性もあるそうです。論文は、タイに在住する53歳の日本人が、帰国後入院するまでの2日間に銭湯の電気風呂に入浴しており、それも初日は30分、2日目は60分と「想定をはるかに超える長時間入浴を行っていた」ことが横紋筋融解症を発症した原因であろう、と推測しています。この症例では5日間の入院で改善し退院していますが、製造業者が推奨する入浴法は「3分以内、1日2、3回」なので、3~7倍の時間入浴していたことになり、「長時間の電気風呂入浴は横紋筋融解症を来たし、重篤な結果に至る可能性も懸念されることから、適正な入浴時間の啓発が必要」と述べています。
普通の湯船でも30分つかることは容易ではありません。まして1時間! この男性にとって電気風呂がいかに快適な刺激を与えたのか想像しがたいのですが、筋肉が破壊されるほどつかっていたら、きっと痛みもひどかったろうにと想像せざるを得ません。電気風呂歴20余年のけんちんさんも、「電気を感じるところまで入って。少しお尻にピリピリした感覚が来るので、慣れてない方はこれくらいで止まってもらうのがおすすめです」(23/12/27 MBS NEWSより)と語っています。
電気風呂は長い時間入りすぎないように注意しよう
(写真提供:大田区・ 太平湯)
聖路加国際病院の症例報告には、「電気風呂に関連した2例の報告」があり、いずれも入浴時間とCKの値が相関している、と述べています。また、「電気風呂入浴後の血清CKの検討」(2012年、臨床薬理)という論文には、次のような報告を紹介しています。
「健康成人男女15名を対象に3分以内の電気風呂への入浴前後のCK値の変化を調査した研究では、15名中2名で入浴後に施設基準値以上の上昇を認め、また別の3名は施設基準値以下であるもののピーク時に入浴前の2~3倍の上昇を認めたとの結果であり、短時間の入浴であってもCKの上昇を起こし得ることが報告されている。ただしCKの上昇幅は個人によりばらつきが大きく、横紋筋融解症を来たし得る患者要因については不明とされている」
電気刺激が横紋筋融解症の誘因になるとしても、そのメカニズムの説明や推測がありませんから、医学的にはすっきりしない結論です。エビデンスはないものの、電気風呂は体にとってどういうものなのか、もう少し調べてみましょう。
2019年8月、日本経済新聞に前出のけんちんさんの「電気風呂 しびれる歴史」という記事が載り、電気風呂の歴史を紹介しています。それによると、発祥については諸説あり、コーンフレークの発案者だったアメリカのジョン・ケロッグ博士が考え出したという説、ケロッグ博士以前にイギリスやドイツの病院で電気治療がなされており、それが起源という説などがあるそうです。日本では、1933年に国の認可を受けて京都の銭湯、船岡温泉に設置され、大正時代後半には関西で広まっていたとのこと。さらに調べると、「明治時代には医療機器としてドイツから輸入されていたことがわかった。当時のドイツの医学書には『電気を浴びると体にいい』という学説が載っていた」と記しています。
ヨーロッパで電気治療? 一般財団法人日本電子治療器学会『電流刺激療法とは』などを紐解くと、人間の細胞は一つ一つが電気を帯びており、通常、細胞内が「−」、細胞外が「+」の電位で安定を保っており、これを「分極」というのだそうです。そこに何らかの刺激が加わると、細胞外が「−」、細胞内が「+」に変化するのだとか。このように私たち体には、外部からの電気的な刺激に対して敏感に反応する性質があり、もともと人体に備わっている電気的な性質をうまく活用して、外部から電気を流して、痛みの感覚を和らげようとするのが電気治療の考え方だと説明されています。筋肉の緊張による血行不良は、腰回りの痛みや肩こりの大きな原因の一つで、電気治療を行うと筋肉がほぐれ、血流を促進して痛みやコリを緩和するのだそうです。
電気風呂は一種の電気治療
こうした歴史と理論があるのならば、医学的な検証がもっとされてもいいはずですが、それはおくとして、電気風呂の基本構造を見てみましょう。電気風呂の装置は、「電源装置」「電線」「電極板」の3つから構成されています。電源装置から発生する微弱な電気を、配管・配線した電線を通して浴槽内に設置した電極板間に通電させることによって、お湯につかるとビリビリ感じるようになっているのです。
では、どのくらいの電気が体に流れるのでしょうか。銭湯のホームページなどに記載されていますが、およそ「出力電圧は5〜10ボルト」で「出力電流は1〜10ミリアンペア」がほとんどです。そもそも、感電してしまう理由は電圧量でなく、体に流れる「電流」で決まります。5ボルトしかない低電圧のスマホ充電器さえ、1アンペアくらいの電流を出力するため、充電器の先端をお湯につければ人は感電してしまいます。最悪の場合は死亡するともいわれます。しかし電圧が100ボルトであっても、抵抗を挟むことによって、お湯の中には1ミリアンペアくらいしか流れないため、感電死することはありません。
電気風呂では電流の作用によって筋肉が収縮し、お湯の温熱との相乗効果によって血行が促進され、そこに水圧によるマッサージ効果も加わることによって、肩こり、関節痛、筋肉痛などの緩和が期待される、とされているのです。もちろん、この効果は一時的なものにすぎず、肩こりなどが根治するわけではありませんから、日常の生活習慣を見直すことが必要なのは言うまでもありません。
電気の流れのピリピリ感を「快」ととらえるか「不快」ととらえるか、それが大きな分岐点となるのでしょう。ただ快であれ不快であれ、次のような方は身の安全のために電気風呂を利用しないでください。
まず一番重要なことですが、ペースメーカー等の医療器具をつけている人は絶対に入ってはいけません。また、心臓疾患をお持ちの方や妊婦さん、乳児や体調の悪い方も避けたほうがいいといわれています。体に電流を流すのはいい効果がある反面、強い刺激を受ける場合もあるので気をつけましょう。そして、電気風呂の湯船につかるとついつい長湯をしてしまいがちですが、これは厳禁。最初に3分ほどつかったら湯船から上がり、休憩を挟んで再度つかります。これを2〜3回に分けて入浴することをお忘れなく。
(写真提供:大田区・ 太平湯)
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