平成5(1993)年に創刊した銭湯PR誌『1010』のバックナンバーから当時の人気記事を紹介します。


〇月✕日

「オヤジさんよォ、イチイチレイまだ出ないの?」
「110? ああ1010(イチマルイチマル)。銭湯の本でしょ」
「そッ、そう、それ……」

中年の男性である。ヤだねえ、お客さん、「110」じゃ警察・パトカーになっちゃいますがな。

銭湯広報誌「1010」が発刊されて十余年になる。 おかげさまで、たいへん好評を得ているんだが、数字の書名を正確におっしゃる方は案外少ないんですよね。
「1010でセントー(銭湯)なんです。 読み方はイチマルイチマルっていうんです」
「ヘエー、な~るほど……」

皆さん面白そうにおっしゃってくれるんだが、1010イコール銭湯と解釈なさって、読み方のイチマルイチマルのほうはどうも今いちなんです。 そして皆さん実にさまざまな呼び方をなさるんですな。 そこでちょっとご紹介を。

まず、なんといっても多いのはセントーですが、イチレイイチレイと素直に読む方も見受けます。

ついでイチマルイチ (101)あるいはイチレイイチ (101)と縮める方も結構多いですなあ。当節、縮める表現がはやっていますし、縮めると言いやすく、また親近感も湧いてきますよね。 例えば、キムタク、マツケン、それにフロヤジとかね。ハア? フロヤジってなんだって? ハイ、わたくし「フロ」ヤのオ「ヤジ」です。

さらにトートーやセンジュウと読んだ人から、「ジュウジュウいつ出るの?」なんて聞いてきた人もいましたっけ。10と10ならお客さん20になります。

いかがですかな。イロイロ(1010)あるでしょ。 ま、どんな読み方をされようとも、それだけお客さんに可愛がられているんですから、ありがたいことです。

 

○月×日

毎日のように見える年配のダンナが湯上がりのフロントで言う。
「いやあ、いい湯だったなあ。 内風呂はどうも温まんなくて」

風呂屋のオヤジ泣かせのセリフである。 そこでアタシャ調子にのっていつもの持論を開陳だ。

「ありがとうございます。今の銭湯は昔と違って、豊富なお湯に美容・健康・安らぎなど、内風呂では味わえない機能を取り入れた町のリフレッシュゾーンであると思ってんですよ。いうなれば内風呂はお茶漬けで銭湯は専門料理。今、銭湯にぜいたくがあるんです」
「ホホウ、銭湯がぜいたくか。そういやあ、そうかもな。俺なんかもうちに風呂がありながら銭湯がいいから来てるもんな」
「ですから、お客さんはもう毎んち、湯のぜいたく三味(ざんまい)……」
「ホウ、ぜいたく三昧ねえ」

ダンナ、苦笑いをなさった。

次いでは60代のおばちゃん。
「あたしうちに風呂があるんだけど釜が壊れちゃったので……」
「そうですか。今の銭湯はいいですからゆっくり入ってください」
という会話で脱衣場へ向かったのだが、そこで知人と会ったらしく「うちにお風呂があるんだけどさ」とまた言い訳?をしていた。

おばちゃんねえ、今の銭湯は湯の専門店で、内風呂の有る無しなんて関係ないのよ。 湯を楽しみたい方が多く来てるんですわ。例えばさあ、おばちゃんだってたまにはおいしいものを食べようと外食するでしょ。そんなときレストランへ行って「うちにもご飯があるんだけど」なんて言う? それと同じなんだけどなあ。

さ~て小一時間後。おばちゃんが出てきた。
「どうでした?」
「ええ、と~ってもよかったわ。今のお風呂っていいのねえ」

でしょッ――。


【著者プロフィール】 
星野 剛(ほしの つよし) 
昭和9(1934)年渋谷区氷川町の「鯉の湯」に生まれる。昭和18(1943)年戦火を逃れ新潟へ疎開。昭和25(1950)年に上京し台東区竹町の「松の湯」で修業。昭和27(1952)年、父親と現在の墨田区業平で「さくら湯」を開業。平成24(2012)年逝去。著書に『風呂屋のオヤジの番台日記』『湯屋番五十年 銭湯その世界』『風呂屋のオヤジの日々往来』がある。

【DATA】さくら湯(墨田区|押上駅)
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2005年12月発行/77号に掲載


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「風呂屋のオヤジの番台日記」星野 剛

 

「湯屋番五十年 銭湯その世界」星野 剛(絶版)

 

「東京銭湯 三國志」笠原五夫

 

 

「絵でみるニッポン銭湯文化」笠原五夫


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