平成5(1993)年に創刊した銭湯PR誌『1010』のバックナンバーから当時の人気記事を紹介します。


〇月×日
「番頭さぁん、イスを入れ替えたんですねえ」
女湯の脱衣場からカン高い声が飛んできた。近所にお住まいの30前後の女性である。
「そう、先日、取り替えたの」
とまあ返事をしたんだが、「番頭さん」には驚いたよ。だってね、「番頭さん」と呼ばれたのは30年ぶりだもん。そして現在ではほとんど使われていない言葉なんだよね。

「番頭」の名称は江戸時代から商家の雇い人頭の呼び名だったが、銭湯でもその昔から昭和40年代までは見習いが「小僧」で、一人前になると「番頭」と呼ばれていたんだ。それが時代の流れとともに、商店はもちろん、銭湯の中からもすっかり消えてしまった。ところが今日、若い女性によって突然、復活したんだからビックリよ。

そこでアタシャ早速、質問だ。
「あんた、若いのに番頭さんなんてよく知ってるねえ」
「だって、お風呂屋さんのことを“番頭さん”って呼ぶんでしょ? 小さいときテレビなんかで見て、そう思っていたの……」
「ああ、そうなの。しかしね、番頭さんっていうのは風呂屋で働く男の従業員のことなんだよね」
「あらっ、“従業員”のことなの。じゃホシノさんはなんて呼ぶの?」
「昔から風呂屋のオヤジは“ご主人”とか“ダンナさん”と呼ばれていたけど、アタシはおじさんでもオヤジでもなんでもいいんじゃねえの」

まさか「お兄さんと呼びな」とも言えねえしな。そんなこと言ったら、ツバひっかけられちゃう。
「フーン、そうなの……」

納得されたかな。つまり、この方は「番頭」を風呂屋の主人の呼称と解釈していたから、親しみを込めて呼んでくれたんであろう。

番頭さん――。若くて元気だった昔がよみがえってくるよ。“お兄さん”と言われた時代だ。それにひきかえ、今はなんとまあジジイになったことか。あ~あ、ツマンねえ――。

〇月×日
50前後の常連男性氏。この方が今日、真剣な表情で言うんだ。
「あたしねえ、何年もむちゃくちゃをやってたんでコレステロールが人の3倍もあったんです。医者からも、あんた、このままじゃ死んじゃうよと言われたんですが、ここでサウナやいろんな風呂に入るようになってコレステロール値が下がったんですよ。だからあたしにとっては銭湯サマサマですよ」

ヘエーッ、聞いてビックリだ。銭湯でのリラックス効果はどなたもご存じだし、ヒザの痛みが治った、腰痛に効いた……などはよく聞かされていたが、コレステロールにも効果があったとはねえ。

ウン、こりゃあ特ダネだ。ヨシッ、この話はぜひお客さんに知らせなくっちゃ……。アタシャ早速、「銭湯と健康」を研究しているS社にその因果関係について聞いたんだ。すぐファクスが届いたよ。で、ちょっと読むからね。

――お風呂の温熱効果によって代謝活動が活発になり、脂肪の分解が進み、体内のコレステロール値が下がるというデータがある。つまり、何回も熱めのお風呂に入ることでカラコラミンという脂肪分解作用のあるホルモンを増やしコレステロール値を減らすことは原理的には可能です――ということだ。

エッ、カランコロンってなんだって? オイオイ、カランコロンはゲタの音じゃねえか。資料に書いてあるのはカラコラミンッ……。ン? だからそれがなんだって? ウーン、カラコラミンって言やあそのォ……カラコラミン……だろうよ。風呂屋は学者じゃねえんだから難しいことは聞かないでヨ。

とにかく、銭湯がコレステロールに効果があるってお客さんからお墨付きをもらったんだ。アンタも酒飲み過ぎてるようだから、銭湯にじっくり入ってコレステロールを下げる努力をしてね。

もっともアタシも飲み過ぎてんだよな。


【著者プロフィール】 
星野 剛(ほしの つよし) 昭和9(1934)年渋谷区氷川町の「鯉の湯」に生まれる。昭和18(1943)年戦火を逃れ新潟へ疎開。昭和25(1950)年に上京し台東区竹町の「松の湯」で修業。昭和27(1952)年、父親と現在の墨田区業平で「さくら湯」を開業。平成24(2012)年逝去。著書に『風呂屋のオヤジの番台日記』『湯屋番五十年 銭湯その世界』『風呂屋のオヤジの日々往来』がある。

【DATA】さくら湯(墨田区|押上駅)
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2001年4月発行/49号に掲載


銭湯経営者の著作はこちら

「風呂屋のオヤジの番台日記」星野 剛

 

「湯屋番五十年 銭湯その世界」星野 剛(絶版)

 

「東京銭湯 三國志」笠原五夫

 

 

「絵でみるニッポン銭湯文化」笠原五夫