JR総武線・新小岩駅を南口へ降りると、ロータリー越しに大勢の人が行き交うルミエール商店街が見える。アーケードになった全長約420mの商店街で、周辺にはたくさんの居酒屋や飲食店が軒を連ねる。下町という言葉がよく似合う気さくな雰囲気の町だ。そんな町の一角で昭和9年から営業する「一心湯」を訪ねた。
出迎えてくれたのはご主人の酒井勝さん。肌艶がよく、シャレたピンクのセーターを着こなした姿はとても若々しい。74歳という御歳が信じられない。「妻に “あんたは顔が悪いんだから明るい色の服を着なきゃだめよ!” ってよくいわれていたんです(笑)」とご主人。気さくな口調でにこやかに応対する酒井さんだが、実は1年ほど前に長年連れ添ってきた奥様を病気で亡くし、一時は廃業を考えていたのだとか。
「そしたら、お客さんから “あんたみたいにお客さんとよく話をする人が、店をやめたら絶対ボケる! だから店を続けなきゃダメよ” なんていわれてね。それに江戸川区の区長さんから “地域住民のためにお店を続けてほしい” って直接連絡がきたんです。それで、じゃあもう少し頑張ってみるか、と」。そんな経緯を経て、廃業を撤回。現在は息子さんと娘さんの協力を得ながら営業を続けている。
さて、江戸川区の銭湯といえば、PRキャラクターの「お湯の富士」が有名だが、一心湯では入り口シャッターにも「お湯の富士」が描かれており、閉店時にも銭湯の存在感をアピールしている。店内ではぬいぐるみ、キーホルダー、手拭い、イラストと、フロントから脱衣場にいたるまで「お湯の富士」が飾られて、まるで銭湯全体が「お湯の富士」に応援されているようだ。
さらに目をひくのが脱衣場に飾られた掲示の数々。「一心湯の煙突がなくなるまで…」「一心湯のタイル絵」「背景画とは?」と題した写真付きの解説に思わず読みいってしまう。
浴室に入れば壁一面を飾るポップなモザイクタイルの絵が目を楽しませてくれる。女湯はクマ、タヌキ、キツネ、ネコ、サルといった動物たちが楽しそうに神輿を担いでいる珍しい絵柄。男湯はトビウオやイルカに乗ったかわいらしいカッパたちの絵柄と、どちらもインパクト大。子どもが喜びそうな賑やかな絵だ。
お湯のほうは、大きな浴槽が2つ。丸い浴槽は腰掛けるタイプで下から泡が出るバイブラ。もう一つの広い浴槽には、ジェットと水枕がついている。いずれの浴槽も下町らしく、お湯は少し熱めだ。
ところで、一心湯という珍しい屋号は、東京ではここだけ。その由来は昭和9年に銭湯を始めた先代ご主人が、お客さんが1人来るごとに感謝の心を込めて1つずつ小豆を番台に並べたことに由来する。フロントで挨拶や会話を軽妙に交わす、ご主人の気持ちのよい接客を見ていると、先代ご主人の「お客様に感謝」の経営方針は今も引き継がれているのがよくわかる。
脱衣場の掲示をはじめ、フロントに飾られたマスコミによる取材時の記念写真や著名人のサイン、坂本龍馬の写真などからも、ご主人の旺盛なサービス精神がよくわかるが、これらはお客さんとの会話のきっかけにも役立っているという。
清潔な浴室で温かいお湯につかるのが銭湯の醍醐味ではあるが、一心湯ではご主人との軽妙な会話も魅力の一つ。ご主人との会話を楽しみに立ち寄りたくなる、そんな銭湯だ。
(写真・文:編集部)
【DATA】
一心湯(江戸川区|新小岩駅)
●銭湯お遍路番号:江戸川区 9番>
●住所:江戸川区松島4-9-
●TEL:03-3651-6313
●営業時間:15時半〜22時半
●定休日:月曜
●交通:総武線「新小岩」駅下車、徒歩4分
●ホームページ:http://www.oyunofuji1010.com/gallery/2015/06/post-9.php
銭湯マップはこちら
※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、予め御了承ください。