「それでは、あなたが思い浮かべた数字を当てます」
「あなたが思い浮かべたのは……、このカードじゃないですか?」
トランプやコインを使い、見た人の度肝を抜くような超絶マジックが次々に披露されているのは、なんと銭湯のロビー。ここは中野区にある昭和浴場。ご主人のタジマジックさんこと田島純浩さんは、マジックの世界選手権を2度制覇したこともあるプロのマジシャン。15年ほど前から銭湯のロビーで入浴客にマジックを披露して喜ばれています。マジシャンと銭湯という、二足のわらじを履くようになった経緯や苦労についてお話をうかがいました。
■独学で習得したマジック、きっかけは「人を喜ばせたい」
小さい時から人を喜ばせたり笑わせたりするのが大好きで、小学生の頃から趣味でマジックを始めました。中学、高校、大学とマジックを続けていましたけど、誰かに習ったわけではなくて、全くの独学です。
大人になってからは銭湯の仕事をやりながら老人ホームなどを慰問して、マジックショーを見せるようになりました。すると、ショーを見た人が「うちでもやってよ」と宴会や結婚式に呼んでくれるようになり、そこに来ていたマスコミの人が声を掛けてくれて、テレビにも出演するようになりました。それが26歳のときのことです。テレビのほか、ショーにも出演するようになって、マジシャンと銭湯の2足のわらじをはきながら活動するようになりました。37歳のときにはテレビでレギュラー出演するようになって、一時はレギュラーを2本持っていたことも。多いときで年間120本ぐらいの番組に出ていた時期もありましたね。
長い間テレビの仕事をしているので、芸能界でたくさん友達や知り合いができました。それから誕生日にマジックを披露してほしいと頼まれるようになって、今では年間10人以上、芸能人の方の誕生日パーティーでマジックショーを開いています。その誕生日のショーを見た方が、また別の集まりに呼んでくださったりすることも多いですね。人が人を呼ぶ状態です(笑)。どんな人とお付き合いがあるか知りたい方はFacebookを見てみてください。
■マジックを銭湯で始めたのは、経営努力の一環
テレビやパーティーで披露していたマジックを本格的にお店でも見せるようになったのは、私が3代目を継いだ2000年頃のことです。入浴客が減少するのをなんとか食い止めたい。お風呂以外に何かサービスをできないかと考えて、思いついたのがマジックでした。
そこで「マジック温泉」を名乗り、希望する入浴客の方にロビーでマジックを披露するようにしたんです。煙突にも「マジック温泉」とペンキで大きく描いて、店の売りをPRしました。マジックショーを見るのに料金はかかりません。入浴料金だけでマジックを見ることができます。私は2012年、2013年とMMO(マジックマスターズオープン)というマジックの世界選手権で連続優勝しているんですが、その技を入浴料金で見ることができる。お得だと思いませんか(笑)。
私が得意なのはメンタルマジックです。見ている人の心の中を透視する。例えば、お客さんが思い浮かべたトランプの数字を当てるとか。他にもコインを使ったり、小物を使ったマジックを披露しています。ロビーにある小さいテーブルをはさんで、信じられないことが次々に起きる。お客さんにガラステーブルの下に手を置いてもらって、テーブルの上に置いた100円玉がガラスを通過してお客さんの手のひらに落ちるマジックがあるんですけど、実際に体験してもらうと呆然として、声が出ない方も多いですね。
マジックの大会で獲得したトロフィーの数々
■マジックのショーは年間600ステージ!
テレビ出演やパーティーのほかにも、マジックバーやホテル、レストランなどのショーにも毎日出ていて、年間で600ステージぐらい出演しています。特に12月は多くて、100本くらい。忙しいなんてもんじゃないです。
毎日午後1時か2時に起きますよね。それから開店の準備をして、3時半の開店後は母と交互に店番です。6時になったらショーへ出演するために外出します。それで夜中に戻ってきて、閉店時間の深夜1時半まで店番。金曜日なんか閉店するのは夜中の3時ですよ! それで店を閉めてから掃除して、食事して朝7時頃に就寝。でも、電話がかかってきたり宅配便が来たりすることもあって、なかなか休めないですね。この生活を30年続けているんですけど、なかなか大変です。
マジックのショーは都内だけではなくて、定休日(水曜)を利用して地方の公演にもよく出かけます。例えば、今度富山でショーがあるんですけど、火曜日の深夜に仕事を終えて、2時半に東京を車で出発。朝、富山に着いたら夕方まで仮眠して、夜6時からショーを開始。ショーを終えて食事をしたら11時に富山を出発。木曜日の明け方東京について、仮眠したら午後店を開ける予定です。結構ハードでしょ(笑)。
■機械化で楽になった銭湯の仕事、でも故障が心配
昔、中野区は銭湯が多いところでしたけど、ずいぶん少なくなりました。今、中野区で風呂なしの家は1.7%しかありません。うちのお客さんでも、風呂なしの家に住んでいる人はほとんどいない。家の風呂では味わえないものを求めて、銭湯へ足を運んでくれるお客さんばかりです。だから、雨の日は大変です。わざわざ濡れてまで来ようとは思わない。家で済ませちゃうから、本当にお客さんが少ない。
銭湯の仕事は営業時間や拘束時間が長いですけど、それをイヤだなと思ったことはないですね。当たり前だと思っているから。今は燃料も薪からガスになって、スイッチを入れたら自動的にお湯が貯まるから昔より楽になりましたよ。
お客さんが多かった頃はお客さん同士のトラブルが心配でしたけど、今はお客さんが減ったのでそれもなくなりました。代わりに心配なのが、機械のトラブル。私がショーでいないときに故障すると、機械を直せるのが私しかいないので困っちゃうんです。でも、私がいないときに限ってなぜか故障する(笑)。
昔はどうやってお客さんを増やすか考えましたけど、今はどうやってお客さんの数を維持するか考えるので精一杯です。
マジック目当てで銭湯に足を運んでくれるお客様は、ありがたいですね。マジックのDVDもフロントで販売しているんですけど、まあ経営の多角化ですね。石けんを売るよりも実入りがいいですし(笑)。
■海外でも知られる「マジック温泉」
人に喜んでもらいたいし、サービス精神が旺盛だから、テレビの取材は極力受けるようにしています。取材担当者が別番組を担当したときに私のことを思い出して、出演依頼をしてくれることも多いんです。人とのつながりは大事にしていますね。
外国のテレビ局からの取材もよくありますよ。日本の文化として銭湯を紹介する際に、もう一つ何か話題を付け加えたいと思うらしいんですね。そうすると、「銭湯でマジック」という意外性からか、取材先に選ばれるみたいです。これまでにロシア、アメリカ、フランス、オーストラリア、台湾、中国、韓国のテレビで紹介されました。最近ではタイのテレビ局も取材に来ましたね。
番組を見た海外の方が、日本に来た際にお客さんとしてやって来たり、日本在住の外国人の方が来てくれることもあります。中国人観光客のツアーに組み込まれたこともありました。国内でも、やはりテレビで僕のマジックを見た人が、全国各地からやってきます。週末、年末年始、ゴールデンウィークなんかは、そういったお客さんが特に多いですね。
銭湯の経営にマジックはとても役立っています。むしろ、マジックがなければ潰れていたかもしれない(笑)。
私がいるときはいつでもマジックをやりますから、マジックを目当ての人はあらかじめ私がいる時間を電話で確認しておいてください。マジックショーに出演するために銭湯を不在にしていることも多いので(笑)。
マジシャンとしての活動が目立ちますけど、マジックは銭湯を盛り上げるための手段です。本業はあくまで銭湯。マジックをきっかけに銭湯へ足を運んでもらい、お風呂も楽しんで、また銭湯に足を運んでもらえたらうれしいですね。
(写真:望月ロウ 文:タナカユウジ)
【プロフィール】
タジマジックさん(田島純浩さん) 中野区にある昭和浴場の3代目店主。小学生の頃からマジックに熱中し、独学で学ぶ。大学卒業後は、銭湯の仕事を手伝いながらテレビやショーなどでマジシャンとして活躍。3代目を継いだことをきっかけに、入浴料金でマジックを見られる「マジック温泉」としてPRをはじめ、現在では国内のみならず海外からも、マジックと銭湯を同時に体験しようというお客さんが数多く昭和浴場に足を運んでいる。
【取材地DATA】
昭和浴場(中野区)
●銭湯お遍路番号:中野区 22番
●住所:中野区中央5-21-12
●TEL:03-3382-2414
●営業時間:15時半〜25時半(金曜日は翌3時まで営業)
●定休日:水曜
●交通:東京メトロ丸ノ内線「東高円寺」駅下車、徒歩5分
●ホームページ:http://www.tajimagic.com/