積み上げられたDVDに、フィギュアが飾られたガラスケース。まるで一人暮らしの男子学生宅に迷い込んでしまったかのようだが、ここは男湯の脱衣場だから驚きだ。
「店を一人でやっているので、脱衣場にいる時間が長いんです。上にある部屋に戻るのも面倒なんで、私物が増えちゃった」と話すのは、五色湯のご主人、柳沢一彦さん。十数年前に奥様を亡くされてからは、掃除から番台まで一人で銭湯の仕事をこなし、男手一つでお子さん3人を育てているというから、部屋に戻る時間も惜しい。脱衣場で仮眠を取るのも毎日のことだ。
「うちは井戸水を薪だけで沸かしているから、数時間ごとに薪をくべに釜場へ行かなくちゃいけない。だから店内に誰もいなくなることもあるんです。まあ、常連さんたちはみんなわかってるんで問題ないんですけど、番台が無人だと初めての人はびっくりするかもしれませんね(笑)」
店は番台式であるが、ご主人は一度も番台にあがったことがなく、男湯のほうでお金のやりとりをする。ちょっと変わった形式なので、番台が苦手な女性客も安心だ。
五色湯は昭和27年に一彦さんの父が開業。昭和41年に現在のビル型銭湯に建て直して現在に至る。最寄駅は椎名町で五色湯までは徒歩3分。椎名町といえば、かつては漫画家たちが住んだ「トキワ荘」が有名で、庶民的で若者が多く住むイメージがあったが、五色湯の周辺はそうでもないらしい。というのも、五色湯の住所である「目白」がいつの間にかブランド化してしまい、再開発により古くからの住人が減って、マンションがどんどん建ってしまったのだとか。五色湯の店の前の通りもかつては商店街だったが、現在残るのは五色湯と酒屋の2軒だけとちょっと寂しい。「ここは町名変更する前は椎名町だったんです。だから目白っていわれても、なんだかしっくり来ない」。住所の表示一つで庶民的だった町の様子がガラリと変わってしまったことに、ご主人はなんだか釈然としない様子だ。
開店の16時半、常連さんとともに浴室へ。広々とした浴室の奥、タイル絵の下には小さめの深い湯舟と、広くて浅い湯舟が2つ並ぶ。
最近はぬるめのお湯の銭湯が増えているが、五色湯はご主人の好みで熱めの湯を売りにしている。開店直後のお湯は沸かしたてということもあって、かなり熱い。温度計は48℃を示している。湯船からお湯を手ですくい体にかけて慣らしてみたものの、ちょっと入る勇気が出ない。初めて五色湯へ来たというお客さんも湯舟の前で立ち往生。
すると、体を洗っていた常連さんから「水を入れたら」の助け舟。ありがたい。遠慮なく水を出して、水栓の周囲が少しぬるくなったところでドボン。ん〜、いい湯だ。ご主人に聞いたところ、普段お湯の温度は42〜43℃くらいとのことなので、やはり開店直後だけ特別に熱かったようだ。
ご主人曰く「熱ければ水で埋めてください。湯舟につかったときにお湯がザザーッてあふれるのが好きなんです。あふれ出るお湯の音って、風呂屋でお湯につかる醍醐味だと思いますよ」とのこと。ただし埋めすぎには要注意。
さて、ご主人は中学生の頃から海に潜るのを趣味にしている。夏場には、毎年のように1週間ほどの休みをとって沖縄へ潜りに行く。「お客さんには迷惑かもしれないけれど、まあ一人で店をやっているのをみんな知っているから、たまには長く休んでも仕方ないと思ってるんじゃないかな(笑)」。脱衣場に飾られている熱帯魚や珊瑚礁の写真は、ご主人が撮影したもの。カラフルな南の海の写真を脱衣場で鑑賞できるのも、五色湯ならではだ。
「一人で風呂屋をやるのは大変だね、ってよくいわれますけど、3人の子どもを食べさせなきゃっていう責任感、原動力はそれだけですよ。だから、子ども達が学校を卒業するまでは頑張ります。その後はわからないけど(笑)」とご主人。事情が許す限り、続けてほしいものだ。
ところで、五色湯では冬の間、寝る前に体を温めようと深夜に入りに来る人が増えるらしい。寒さが厳しい季節、昔ながらの熱めの湯で体の芯まで温めたら、きっと夜はぐっすり寝られるだろう。
(写真・文:編集部)
【DATA】
五色湯(豊島区|椎名町駅)
●銭湯お遍路番号:豊島区 13番
●住所:豊島区目白5-21-4 (銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3952-7237
●営業時間:16:30〜24:30(日曜は14:30から営業)
●定休日:土曜
●交通:西武池袋線「椎名町」駅下車、徒歩3分
●ホームページ:http://goshikiyu.jpn.com/
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