「1010」誌で証明してきた銭湯の健康科学
江戸や大坂の大都市で400年以上前に花開いた銭湯文化。今日私たちの生活は豊かになり、例えば東京では自分の家に浴室を持つ家庭がほぼ100パーセントに近づいているにもかかわらず、多くの人が今なお銭湯を利用しています。
自家風呂があるにもかかわらず、人々が銭湯を利用する理由は様々ですが、利用者が一様に口にするのは「銭湯は家の風呂に入るより気持ちがいい」という言葉。漠然とした表現ですが、実感として確かにそうだなあと思えるのは、私たち日本人が温泉好きで、温泉に入ると自宅での入浴とは違う「何か」を感じる、そんなことにつながっているのではないでしょうか。
その「何か」が「気持ちいい」であるならば、きっと銭湯や温泉に入ることで私たちの心と体に何らかの変化が起きているに違いありません。
今回から始まる「銭湯で元気」のコーナーは、銭湯入浴がもたらす「心と体の変化」について取り上げます。一体、銭湯入浴と自宅での入浴はどこが違うために変化が起きるのでしょうか。広報誌「1010」でも何度か考察されてきましたが、さらに最新の医学的な研究データなどを織り込みながら、銭湯が健康増進に適した施設であることを解説していきたいと思います。
初めに、銭湯のお風呂場と家庭のお風呂場の違いを考えてみましょう。まず分かるのが浴室空間のサイズの違い。銭湯のほうが面積も広いし天井も高いですね。
当然、湯船のサイズも同時に何人もお湯に浸かれる銭湯のほうが大きいです。平均的な銭湯の浴槽の容量は約1000リットルなのに対して、家庭のお風呂はたった200リットルのお湯しか入りません。しかも、家庭の浴槽より深かったり浅かったりというバリエーションもあります。
次に入浴設備の多様さ。最近ではジャグジーなどの設備を付けている家庭もあるようですが、まだまだ普及しているとはいえません。対して銭湯は、ジャグジーやジェット、電気風呂、打たせ湯があったり、座風呂や寝風呂など豊富な設備が利用できます。
銭湯に入浴して、家の風呂との違いを感じるもう一つの要素が「温まり方」。銭湯に行くととても体が温まる、これは利用者の異口同音の感想です。おそらくここには、銭湯ならではの機能があるに違いありません。
家の風呂はたいてい一人で入ります。スペースの点から、大人が複数で入浴するには無理があります。これに対して、銭湯は同時に大勢の人が入浴します。人との会話や出会いといったコミュニティー空間の要素を持っているのが銭湯のもう一つの特徴です。
なぜ「銭湯は気持ちがいい」か?
銭湯と家庭のお風呂の違いを考えてみると、ざっと次の5つのポイントが上げられます。「気持ちがいい」理由は、これらの中にあるに違いありません。順を追って見ていきましょう。
1.浴室空間の広さ
2.浴槽のサイズ
3.入浴設備
4.体がより温まる
5.コミュニティー空間
1.広い浴室空間
広い浴室空間が「気持ちがいい」を生み出す謎は、すでに今から20年前に説き明かされています。「1010」誌第10号(平成6年10月発行)で発表された「ついに解明!銭湯は家庭風呂より断然すぐれている」は、当時驚異の反響を呼び多くのマスコミにも取り上げられました。これは、東京都公衆浴場組合が北海道大学医学部の阿岸祐幸教授(当時)に委嘱して、世界初の「大きな風呂と小さな風呂の比較実験」を行い、医学的に大きな風呂の健康効果を証明することになったからです。その答えは「脳波の違い」でした。
さらに平成10年4月発行の第31号で発表された「銭湯に満ちているマイナスイオンで体中の細胞をまるごと若返らせる」という特別企画が、浴室の広さがもたらす健康効果についてさらなる強烈な証拠として注目を浴びたのです。
脳波とマイナスイオンについて、詳細はこの連載で後ほど詳しくたどってみます。
2.浴槽サイズの違い
大きな浴槽に浸かれば、大勢が一緒に入浴していない限り、手足を意のままに伸ばせます。これだけでも家庭の狭い浴槽に比べれば充実感や開放感が違います。浴槽が広ければお湯につかりながら手足の運動もでき、お湯の抵抗が負荷となってより効果的です。
さらに、銭湯の浴槽は家庭風呂の浴槽より深さがあります。深い浴槽に浸かることによって、体は静水圧の影響を受け循環がよくなります。また、深い浴槽とは別に、寝浴のできる浴槽を備えた銭湯もあり、寝そべる姿勢で入浴することにより、浮力を利用して心身に大きなリラクゼーション効果を及ぼすことができます。
このように、広い浴槽と深さのバリエーションが家庭風呂では得られない健康効果を生み出します。
3.入浴設備
気泡風呂、超音波風呂、打たせ湯、水風呂、ラドン浴、座風呂、寝風呂、電気風呂、軟水風呂、炭酸泉、黒湯、薬湯など銭湯には数多くの浴槽設備や水質設備が施されています。そのほかにも、露天風呂、乾式サウナ、湿式サウナなど空間的な設備の豊富さも自慢です。
これらも銭湯の健康効果を高める大きな要素なのですが、中でも強力なジャグジーが認知症の予防・改善に役立つという画期的な発見(「1010」第55号「2週間でボケが改善!医者が見つけた銭湯の強力水流活用法」)以来、入浴設備の健康効果が各方面で見直されています。
4.体がより温まる
銭湯で入浴をすると体が温まる、という感想もよく聞かれます。逆にいうと家のお風呂ではあまりよく温まらないということなのですが、特に冷え症の女性がそれを感じるようです。理由はいくつかありますが、湯の温度が最も影響していると考えられます。銭湯の湯温は42℃以上が一般的。45℃以上の高温をウリにしている浴場も数多くあります。
最近の傾向として、38~40℃での半身浴を勧める情報が多く発信されていますが、半身浴のメリット・デメリットは別にして家庭でこの温度設定の浴槽に浸かりますと、特に寒い季節は湯船が小さい分、どんどんお湯が冷めてなかなか体が温まりません。しかも、浴室の気温も低く、体の冷えを一層助長してしまいます。
銭湯は浴室空間も広いですが、蒸気が満ちて温められており、お湯の温度も常に管理されていますから、半身浴や反復浴にも適しており、きちんと温まれば湯冷めしにくいのです。加えて薬湯や黒湯を筆頭とするより効率的に温まる仕掛けがたくさん用意されているため、家庭の風呂より温まり感が高いのです。体が温まることによる健康効果は、次回より詳しく解説します。
5.コミュニティー空間
一見、健康とは関係なさそうですが、銭湯は大勢の人と一緒に入浴する(共同入浴)施設で、言い換えれば裸の社交場。特に人と接する機会の少ない人にとっては孤独感を紛らせる場となり、精神面でいい刺激を得ることができるのです。間接的ですが、心にいい刺激を与えることができれば、それが肉体的な健康につながることが期待できます。
もう一つ重要なのは、大勢の目があるために入浴中の事故が起きにくいこと。全国で起こる高齢者の入浴中の事故死件数は、年間1万4000件(東京救急協会「平成12年度 入浴事故防止対策調査研究の概要」)にのぼると推定されています。このほとんどは家庭の浴室での事故です。銭湯なら当然、この不慮の事故を回避できる可能性は大です。